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優しさと希望が滲む「未来」、斉藤和義のカバー曲「歌うたいのバラッド」
ワンマンライブ「FlightNightParty」で歌われてきた楽曲の中から
数曲を収録した「Time」をリリース。
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コロナ禍の世界、いろんなものが様がわりした。当たり前だったことが当たり前じゃなくなり、不自由になった。こんな風に世界が変わってしまうなんてことは、誰にとっても初めての経験で、戸惑いの連続だった。
ワンマンライブをアーティスト活動の主軸にし、生音・生声を届けることを大切にしてきた大久保さんにとっても、その影響は甚大だった。対面ライブの中止を余儀なくされ、制作中だったアルバムのリリースも延期。「心が折れそうになったこともありました」と大久保さんも語っていた。
それでも配信ライブに挑戦したり、万全の感染対策を施して対面でのバースデーライブを開催したりと、試行錯誤する日々の中で完成したのがこの4thアルバム「Time」だ。
収録した7曲のうち6曲は、これまでのライブで披露してきた人気曲。生音・生声を届けられない分、「ライブで歌ってきた曲を中心にしたい」と、数ある楽曲の中から厳選したもの。残りの1曲は、昨年完成した渾身の新曲だ。
それぞれについて解説してみたい。
1. 恋の速度
大久保さんのラブソングは、片思いの苦しさや、すれ違う感情など、「切なさ」をテーマにした曲が多い。ところがこの曲は、ポップなメロディに乗せ、ときめきや浮き足立つ感覚などがストレートに歌われていて、とても新鮮だ。公式では解けない不可思議な「恋」というものを、「距離」や「速さ」といった数学的なキーワードでビビッドに表現しているところが心憎い。大久保さんの甘く伸びやかな声が映えるアレンジで、ラブストーリーの始まりを予感させるような幸福感のある曲に仕上がっている。気づけば口ずさんでしまう中毒性のある曲。
2. ジグソーパズル
ジグソーパズルを人間関係になぞらえたこの曲。心地よいメロディラインと詩的で味わい深い歌詞のマッチングが絶妙だ。とくに<君のピースと僕のピース イビツな形もあって そんなときは少しだけ削って君に 合わせたい>といった歌詞にグッとくる。エゴを捨て、相手に合わせること。心の手をつなぐこと。それは恋愛だけでなく、すべての人間関係の理想だと思うし、これからの時代にも最も必要とされるスキルだと思う。少年のようなみずみずしい感性と成熟した哲学が混ざり合った感度の高い曲。アーティストとしてもひとりの男性としても、成熟期を迎えた大久保さんだからこそ描けた作品だと思う。
3. 光景
よく人生は旅に置き換えられる。本当の自分や夢を探す旅。目的地はどこにあるのだろう? 自分は今、どのあたりを歩いているのだろう? この曲は、そんな誰もが抱える葛藤や迷いをテーマにしている。けれど、「がんばれ」「負けるな」とわかりやすい言葉で鼓舞するのではなく、「誰にも負けない強さなんてなくていい」「誰にも見せない弱さなんか消えて欲しい」と、そっと寄り添ってくれるスタンスなのが印象的。この曲に限ったことではないけれど、大久保さんの描く世界はいつも優しい。そしてものすごく勇気づけられる。誰かと自分を比べなくていい。迷ったっていい。人生とは最後の時まで、理想の自分に近づくための旅なのだから──。この曲からそんな力強いメッセージを感じた。
4. I feel you
孤独を抱えている人。心から笑えない人。そんな人たちへ向けてエールを送るこの曲。ポジティブなギターサウンド、希望に満ちたメロディライン、そしてまっすぐな歌詞が、聴く人の心をゆるやかに励ましてくれる。feel=感じる。当たり前が当たり前じゃなくなったこんな時代だからこそ、じっくりと心の声に耳を傾けて、自分にとって必要な人は誰なのか、今、何をやるべきか──。「考える」のではなく「感じる」ことが大切なのかもしれない。次の一歩を踏み出すためにも、立ち止る時間が必要なのだと教えてくれる曲。
5. 帰り道
大久保さんのつづる詞は抒情的で、小説を読んでいるような味わいがある。「帰り道」はまさに、そんな曲だ。好きな人には想う人がいる。その人の気持ちを尊重するため、自分の想いは伝えないまま心にふたをする──。夜空を明るく照らす月に好きな人の存在を重ねた歌詞は、恋愛短編のように淡く切ない。心に沁みる声とメロディがいっそう切なさを彩り、世界に酔いしれることができるのだ。<あなたを好きになった 悲しみと手を取った>。恋は喜びだけじゃなく悲しみや、さまざまな感情を連れてくる。その痛みや苦悩が人を成長させ、大人にしてくれるのだ。たとえ想いが届かなくても、失恋したとしても……。いつだって恋は尊く、素敵なもの。この曲を聴いて、やっぱり私はそう思う。
6. 歌うたいのバラッド
1997年に斉藤和義さんがリリースしたこの曲は、数多くのアーティストがカバーしていることで知られる名曲だ。大久保さんも「自分の声質や世界観とも合うのでは」と歌ってみたところ手応えがあり、数年前からライブでも披露してきた。ファンからの人気は絶大で、号泣する人も多いという。伸びのあるハイトーン、切なさを帯びた透明感のある響きといった彼のボーカルのポテンシャルが非常に際立つ。その声が最大限に活きるバラード調のアレンジも秀逸。とくにピアノ&ストリングスの美しい調べと重なるように盛り上がっていく後半部分はドラマチックで、うっとり聴きほれてしまう。シンガー大久保伸隆としての魅力を堪能できる1曲。この曲を収録したことでいっそうバリエーション豊かなアルバムになったと思う。
7. 未来
クリエイターがよく「言葉が天から下りてくる」なんて表現をすることがあるけれど、大久保さんにとってこの曲はまさにそんな位置づけにある。仮でつけていた「未来」というタイトルから詞の世界が広がり、あっという間にでき上がった曲なのだという。これまで彼は「聴いている人の背中をそっと押すような曲が作りたい」と思い続けてきた。悲しみや苦しみを避けて通れない人生だからこそ、聴く人の心に小さな希望の光を灯したいと願ってきたのだ。この曲もまた、そんな気持ちを込めた優しいメッセージソング。<きっと向かう未来は 優しいと思いたくて>といった歌詞から、「災害やコロナ禍で辛い思いをしている人たちに向けたエールなのかもしれない」などと勝手な想像をめぐらせた。何度も聴き、何度も口ずさみ、大切な人にも捧げたい。そんな名曲が生まれたことを嬉しく思う。アルバムを締めくくるにふさわしい最高の新曲。私はこの曲が大好きだ。
彼のポテンシャルと、ワンマンライブで積み上げてきた経験、そして研ぎ澄まされた感性がミックスされた極上のアルバム。2度と戻らない今という時間、さらには時代の空気感を込めたからこそタイトルは「Time」なのだろう。
最近よく「時間の流れって優しいな」と思うことがある。昔は許せなかったことも、悔しかったことも、悲しかった出来事さえも輪郭がぼんやりして、懐かしさすら覚えるようになってきた。「日にち薬」とはよく言ったもので、心に刻まれた傷も痛みも、時間が癒してくれるのだ。
この混沌とした日々をいつか懐かしく思い出せるだろうか? 「そんなこともあったよね」と話せる日が来るだろうか? 今はまったく想像できないけれど、早く平穏な日常が戻ってくることを祈りたい。何より、大久保さんのライフワークであるワンマンライブが再開され、彼の生音・生歌がたくさんの人の心に届きますように──。そんな日が訪れることを心から願っている。