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ワンマンライブ「FlightNightParty」で歌われてきた楽曲の中から5曲、

そしてSomething ELse時代の楽曲5曲をリアレンジ、収録した「progress」をリリース。

 

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『progress』ライナーノーツ

 

高倉優子 (フリーライター)

 

大久保伸隆さんの3rdアルバム『progress』を手にしてから、たぶん大げさじゃなく、もう100回以上は聴いている。じつはこれ、アーティストのインタビューをする前によくやる方法なのだけど、詳細な情報を頭に入れる前に、聴いて、聴いて、聴きまくって、作品の世界観にどっぷり浸って、酔いしれて、その上で感想を伝えたり、質問事項を考えていくのだ。ただ、この『progress』に関しては、いつもの比じゃなく聴いている。いや、聴きたくなって何度も何度も聴いてしまうといったほうが正しいかもしれない。どうかすると1日中流しっぱなしということもある。不思議なもので飽きるどころか、ますます好きになっていくし、日に日に解釈や感じ方が変わっていく。本当にバラエティ豊かで、カラフルで、奥深いアルバムだと思う。
 
大久保さんとはSomething ELse時代に取材を通じて知り合った。大ヒットした『ラストチャンス』は私ももちろん大好きでよく聴いたし、口ずさんだし、カラオケに行けば誰かが必ず歌っていたけれど、「ほかにもいっぱいいい曲あるのに。もっと知ってほしいな」とも思っていた。そして2006年にバンドが解散し、それらの名曲が生で聴けなくなってしまったことは、ファンにとってはすごく残念なことだったと思う。
だから大久保さんが、Something ELse時代の楽曲をリアレンジし、セルフカバーした5曲をこのアルバムに収録したと知ったときは純粋に嬉しかった。解散後、ひたむきにソロ活動を続け、人生経験を積んできたいまだから歌えたのかもしれないし、ソロ活動7周年の今年、このアルバムのタイトルの意味でもある「進歩」していくために、過去と向き合ういいタイミングだったのかもしれない。
 
3日後に改めて感想を書いたらまた表現が違ってくるかもしれないし、インタビューではないので答え合わせをすることはできない。もしかしたら大久保さんの意図や本心とは違うことを書いてしまうかもしれないけれど、それぞれの曲を聴き、私がいま感じた素直な気持ちを綴ってみたいと思う。
 
1. セプテンバー
まずこのタイトルに心を奪われた。洋の東西問わず、同名の名曲があるけれど、まぶしすぎた夏が過ぎ、喪失感のような感情を抱いて次のシーズンを迎える9月はドラマが描きやすいのかもしれない。この曲も例外ではなく、気温が下がっていくのと反比例するように夏の間に心に蓄積し、さらに熱を帯びていく“想い”がテーマになっている。恋をしたときの心もとないような、泣き出したいような、胸の奥をギュッと掴まれているような……。そんな感情を秋風に乗せるように、軽やかに歌い上げたミディアムバラード。大久保さんの甘く囁くような柔らかい声が最高に生きるメロディラインとアレンジで、透き通った水のように胸に沁み渡る。「切なさ」というのは、彼の音楽性に通底するテーマのようにも思うのだけれど、この曲はまさにその代表選手という気がしてならない。
 
2. 1M
2003年にリリースされた、Something ELseの15thシングル。作詞は大久保さんが担当。原曲を知るファンからすると、真っ先に「懐かしい」という感想を持つかもしれない。そして歌声やアレンジがどのように変化しているのか、比べながら聴くのも楽しみ方のひとつだろう。実際に聴き比べてみると、2013年バージョンはかなり丸く柔らかい印象になっているのを感じる。彼の声はリリースした29歳当時とまったく変わらず、美しいハイトーンのままなのだけれど、若さゆえに「とんがっていた」角のようなものが取れ、さらにオトナの男の落ち着きが加わって、声にグッと深みと切なさが増しているのだ。
 
3. カナリア
最初に聴いた瞬間、「これ、めちゃくちゃかっこいい!」と思った。カナリアの高く澄んだ鳴き声を模すようにピアニカが効果的に使われていたり、間奏のギターソロが最高にクールだったり。エッジが効いていて、ダンサブルで、自然と体が動き出す。「スパニッシュ的な要素を意識して作った」とチラリと聞いたけれど、「なるほど」という感じ。何度聴いてもやっぱり「めちゃくちゃかっこいい!」と思う。自分の殻にこもって一歩踏み出せずにいる人を、カゴのなかのカナリアにたとえ、羽ばたく勇気をくれる――。そんな優しい歌詞もいい。
 
4. ビデオテープ
Something ELseの2ndアルバム『ギターマン』(2000年リリース)に収録された1曲。個人的にこの曲が大好きだったので、今回収録されていてすごく嬉しかった。大久保さんの澄んだ声がそっと語りかけてくるようなアレンジが秀逸。大好きだった人ともう2度と会えないのはすごく悲しいことだけど、それでも心のビデオテープに刻んでおける思い出があるのは素敵なこと――。単なる失恋ソングではなく、そんな解釈で聴けるようになったということは、私も少しはオトナになったということかも。年齢を重ねるって悪いことばかりじゃないな。彼の「進化」はもちろん、自分自身のちっちゃな「進歩」を実感することもできて勝手に嬉しかった。
 
5. truth
大久保さんの書く歌詞は優しい。そして、日本語の選び方にセンスがあるなといつも感心してしまう。タイトル以外で英語はほとんど使わず、飾り立てることない「普段づかいの言葉」で、心情を丁寧にすくい上げていくのだ。スッと耳になじむ言葉のようで、メロディに乗ったときの響きなど、すごくこだわって書かれている気がする。いや、絶対にそうだと思う。「まるで短編小説を読んでいるみたい」とよく思うのだけど、この曲は「哀しくて優しい物語」のよう。大切に想っているのにすれ違ってしまう心。愛しているからこそ、くださなければならない決断――。そんな不器用な想いが聴くたび胸に迫ってくる。彼のソングライターとしての才能を感じられるこの曲が、私はたまらなく好きだ。
 
6. チェックの服
片思いをしているときって不安定で、「想いが通じますように」と強く願った次の瞬間に「やっぱり好きじゃないや!」って思い込もうとしてみたり。そうそう、そうなのよね。どうして素直になれないんだろう? 自分の気持ちにウソをついちゃうんだろう――? と、私のように「わかるわかる」とうなずきながら聴く人も多いんじゃないだろうか。この曲は小説というより、まるでショートムービーを見ているような気がする。駅のホーム、動き出す電車、巻き起こる風、好きな人が着ている服、それを見つめているまっすぐな瞳……。スローモーションの映像が切り替わりながら心のスクリーンに映し出されていく。そこに流れている主題歌がこの曲という感じなのだ。「どうしてこんなに切ない曲が生まれたんですか?」と訊いてみたいような気もするし、正解を知らないまま、自分の好きな物語を想像していたい気もする。
 
7. 反省のうた 
NHK「みんなの歌」にもなった1998年リリースのSomething ELse3rdシングルで、情けないけれど、かっこ悪いけれど、それでも反省しながら生きてゆこう――という人生の応援ソング。当時から「深くていい歌だなあ」と思っていたけれど、いまの大久保さんが歌っているのを聴くとより一層そう思う。人生はいいときばかりじゃない。傷つくことや、人を傷つけることや、迷うときや、立ち止まってしまうこともあるけれど、でもそんな弱さも含めて自分を肯定する歌だから。バンド時代の膨大な楽曲のなかから収録する曲を選ぶ作業は私たちが想像する以上に大変だったと思うし、いろんな葛藤があったと思う。でもこの曲を選んだのはきっと、大久保さんもそんな気持ちを抱きながら過ごしてきたからなんじゃないか――。そんなことを勝手に思った。それからこうも思う。「困ったときに一番力になってくれる人を大切にしよう」と。
 
8. ラストチャンス
Something ELseを一躍スターダムにした曲であり、さらに当時をよく知る世代には忘れがたい青春ソング。原曲の印象があまりに強かったせいか、今回収録されたバンド時代の5曲のなかで一番「変化」を感じた。アコースティックな雰囲気はそのままだけど、大久保さんの美しい歌声が際立っているのだ。どちらがいいなんて比べるつもりはないけれど、私はこのアレンジがすごく好き。あの頃よりも柔らかくなった彼の声でこの曲を聴くことができて幸せ。これからの人生で、何度も聴き、口ずさみ、そのたび背中を押してくれるんじゃないかと思う。
 
9. グッドバイ
ミディアムテンポの曲が多いこのアルバムにあって、この曲は絶妙なアクセントになっている。タイトルだけ見ると「恋に終わりを告げる歌?」と思ってしまうけれど、ポジティブな歌詞と爽やかなメロディで予想を裏切ってくれた。年齢を重ねたり、経験を積むと人間はつい守りに入ってしまうものだけど、そんな常識はぶっ壊せ! 自分を信じて突き進んでいこう! もっともっと攻めていこう! そんな「情熱」を感じさせてくれる軽快なポップチューン。
 
10. さよならは最後に言う
1998年にリリースされたSomething ELseのデビューアルバム『TRIPLE PLAY』に収録されている。「切なさ」を縦糸に織り上げたようなこのアルバムの終焉を彩るのにピッタリのバラード。当時から大久保さんは切々と歌い上っていたけれど、2013年バージョンはアコースティックギターとキーボードのシンプルな響きに呼応するように、さらりと優しく歌い上げている。まさに「聴かせる」という感じで、余韻がハンパじゃない。「なんていい声なんだろう」と惚れ惚れするし、この声こそ、やはり彼の最大の武器なのだと改めて感じる。
 
11. 途中―progress mix―(Bonus Track)
ソロ名義の2ndアルバム『FlightNightParty2』に収録した楽曲がボーナストラックとして収められている。小気味よく行進するようなリズムに乗せた、ちょっぴり哲学的な歌詞。「孤独はまだ続く」という言葉がとても印象的。アーティストとしてはもちろん、ひとりの男性として、今後も進化し続けていくであろう彼の「誓いの歌」のようにも思えた。
 
以上11曲が収められた3rdアルバム『progress』は、アーティスト・大久保伸隆の集大成だ。「温故知新」という言葉があるけれど、バンド時代の楽曲をリアレンジし、半分にあたる5曲を収録したことで自分の歩いてきた道のりを振り返り、そして、未来に向けて大きな一歩を踏み出した記念すべき1枚になっていると思う。さらに今回、1stアルバム『FlightNightParty』と、2ndアルバム『FlightNightParty2』付きのボックスとして発売したことで、バンド時代だけでなく、ソロになってからの軌跡もたどることができるのだ。タイトルには「進歩」「発達」「上達」という意味があるけれど、本当にこのアルバムにピッタリだ。
 
100回以上聴いて感じたのは、ソングライターとしての才能はもちろん、何といっても唯一無二の「声」の魅力。透き通る美しいその声は、彼の紡ぐ世界をよりドラマティックに彩るし、私たちを心地させるのだ。まるで媚薬のように――。各曲の紹介で「柔らかい」「優しい」と何度も表現したことと相反するようだけど、バンド時代よりもパワフルさが増した気がする。それは経験に裏打ちされた自信によるものかもしれないし、純粋にシンガーソングライターとして充実の時を迎えているからかもしれない。


とにかく、2013年いま現在、大久保伸隆の最高のパフォーマンスが凝縮したニューアルバムをひとりでも多くの人に聴いてもらいたいし、さらには、この先も刻まれていく彼の歴史と、生み出されていく音楽(物語)を一緒に見届けてほしいと心から願う。